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7/15/2018

『万引き家族』と『スイミー』

たまには映画の話を。

子どもが生まれてから、
仕事以外の日はずっと息子といっしょなので。
映画館で映画を観る機会はめっきり減ったけれど。

子どもがいるからこそ、
親だって、
ひとりの人間として、
心動かされる体験が必要ではないかと。

どうしても観たい映画は観に行こう!
と決めた、きょうこの頃。
公開された6月中に観ることができた、
2本の映画。
カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドール受賞作『万引き家族』と、
ベストセラー小説を原作としたハリウッド映画の話題作『ワンダー 君は太陽』

後者は何度泣いたかわからないくらい、
終始涙腺がゆるんでいた。
前者は一度だけ涙。
何気ないシーンだったけれど。

このブログには、
絵本にまつわる場面のあった、
『万引き家族』について書きます。
(映画の内容にふれていますので、ご注意ください)


是枝監督の作品は昔から好きで、
ほぼすべての映画を鑑賞。
自分のいまの価値観に大きな影響を与えてくれたという意味で、
今作をこのタイミングで観ることができて、
本当によかったと思う。

劇中で祥太が、
レオ・レオニの名作絵本、
『スイミー』を朗読するひとこまのあったことが、
とても印象的だった。
母親の大好きな絵本で、
よく読んでもらっていた1冊でもあるのでなおさら。
(厳密に言えば、
祥太は国語の教科書に載っている『スイミー』を読んでいた)

是枝監督は本作で、
親から虐待を受けた子どもが生活する施設を取材したそう。
そのとき、学校帰りの小学生の女の子が、
教科書に載っている『スイミー』を読んでくれた。
その子の顔が忘れられず、
「ひとりの少女に向けて作った」とも語っている。


物語の核となるのは、
大きな魚を追い出すために、
小さな魚たちが協力して、
大きな魚に擬態するというシーン。

是枝監督が、
『スイミー』を通して暗示したかったことがあるような気がして、
ずっと考えている。

柴田家の人たちも、
小さな魚たちのように寄り集まっていた。
彼らは一体何に立ち向かっていたのだろう。

伝統的な家族主義や母性信仰。
そうした現代社会の通念だとしたら。
わたしの中にも、
無意識に底流していたものだと思う。
自分が母親になったことで、
より強くなっていたかもしれない。

*
「血の繋がりが全てではない」
「家族ってなんだろう」

血の繋がりがあるからといって、
愛せるとは限らないし、
愛されるとも限らない。

映画公開と同じ時期に報道された、
実の家族内で起こった痛ましい事件が頭をよぎったのも、
より深く感じ入った要因のひとつ。

血縁関係にあぐらをかくことなく、
大切な人を愛せているだろうか。
わが子をいますぐ抱きしめたくなった。

*
同時に、
家族というひとつの共同体を超えて、
周りの人たちを、
どれだけ大事にできるか。
やさしい眼差しを、
どれだけ広くもつことができるか。

家族の日々を守ることで精一杯なわたしには、
まだまだ到底追いつけない世界だけれど。
できることから少しずつ。
自分を開いていけたら。


ケイト・ブランシェットが、
今年のカンヌの大きなテーマは、
「見えない人々(invisible people)」だったと総括したことも話題になっている。
まさに、見えない人、見えないものに、
目を凝らす時間をくれた、
想像するきっかけをくれた映画だった。
だからこそ、
未だに余韻が長く続いているのかもしれない。

親しい友人との映画鑑賞。
いっしょに映画を観て、
本音で語り合える人がいることのしあわせを感じつつ。