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2/17/2012

生きていれば。

どうも、近藤です。
小さい頃から、おじいちゃん・おばあちゃん子でした。

東京では、この冬、何度目の雪だろう。
細かい雪がちらちら舞う中、歩いていた。

雪が降ると思い出す。
札幌に住む、大好きなおばあちゃん。

いつも明るくて、笑顔が似合う人だった。
とても可愛がってもらっていた。

おばあちゃんは、
あたりの景色が真っ白に染まる寒い季節に、
体調を崩して、病院に入院した。
ちょうど、
私が6年間住んだ札幌を離れることが決まっている時期だった。

お見舞いに行ったら、
看護師さんに、
「孫が来てくれた」と言って、喜んでくれた。
私はその日、おばあちゃんに、札幌を離れることを伝えた。

そうしたら、おばあちゃんは、
そうかいそうかいって。
いつも通りおだやかに、私の話を聞いて、
こう話してくれた。

人生は、悲しかったり、嬉しかったり、
いろいろだよ。
人生の約束はね、愚痴を言わないこと。

そう、いつもの明るい調子で。
そして、
自分の今までの人生のこととか、
自分の(本当の)孫が、すごく優しいんだってこととか、
たくさんたくさん話してくれた。

最後の一言が、
どんな表情で、どんな声色で、
どんな温度を持った言葉だったか、
今でも覚えている。

『生きていれば、また会えるからね。』

せっかく来たんだから、
豆ぱん、食べて行きなさいって、
おばあちゃんが手渡してくれたクシャクシャの袋の中から、
ひとつ、豆ぱんを取り出して、ほおばった。
そうしたら、それは豆ぱんではなくて、
私の苦手な、レーズンパンだった。
びっくりしたけど、何も言わずに、
ぱくぱく食べ続けた。
本当のおばあちゃんといるみたいだと思った。
込み上げてくる涙と一緒に、
ひとくちひとくち、ゆっくり飲み込んだ。

またねって、帰り際に握手した手のひらの、
柔らかさや、あたたかさ・・・
記憶の彼方にずっとある。

病院を出たら、空から雪が舞ってきた。
道路はツルツルに凍っていて、
気持ちが溢れ出すのに気を取られていたら、
簡単に転んでしまいそうだった。
私は、一歩一歩、踏み出す足を見つめながら帰った。

山の上の病院で暮らしているおばあちゃん。
『生きていれば、また会える』ってことを、
ちゃんと、証明しないとな。
会いたいと思える人がいるのは、幸せなことだから。

いつの日か、二度と会えなくなってしまって、
後悔する前に・・・。


同じ札幌で、
とてもとてもお世話になった方の訃報が届いた。
今年こそは会いに行きます、と伝えていた矢先のこと。
遅かったのだ、私は。
後悔先に立たず、である。
生きていれば・・・
この言葉を痛切に思い出して。